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”いつか見た景色に励まされる”とき。
よく「自然は人を変える力がある」とか、「自然の中に出ることで情操が育まれる…」などのフレーズを耳にしますが、みなさんはこれらのことを実感したことはありますか?
私は、ひの自然学校事業である子の「とある一瞬」を目撃したことがあったので、今日はそんな想い出を振り返ってみようと思います。
ひの自然学校では「登山キャンプ」という事業があり、年に1回八ヶ岳・南アルプス・北アルプスの高山を順番に巡る…というプログラムがあります。参加者はほとんど登山経験のない小5~高校生まで。2泊3日東京から鈍行電車を使った、まさに「青春の旅」と言えそうです。
今日の主人公は中学3年生のとある男子。受験生ということもあり?思春期真っ盛りということもあり?緊張もあり…??行きの道中はほぼ喋らず、黙々と持参した本を読みながら車内を過ごしていました。ここまではよくありそうな話です。
現地に到着し、少し周辺を散歩しました。明らかに東京都は違う景観。尾根の上に立つ山小屋や、360°見渡せる景色にやや表情がほころんだ気がするものの、いまだ鉄壁の心は崩れないまま1日目が終わりました。
2日目、この日は山荘から頂上までの往復アタック日。天気は快晴。朝4:00に出発し往復約10時間のロングランでしたが、子どもたちの元気と山の景色に励まされて無事に登頂し下山。
子どもたちの表情がどんどん解放され、表情からも「すごいところきたなぁ」と感動を読み取れるわけですが、主人公の彼はというと、周りの小学生と話したり写真を撮ったりして、それなりに楽しんではいそうですが、今一歩パンチが弱い印象のまま山小屋へ帰還したのでした。
その日の晩、登山も終わりまったりしていると外には満天の星が…。
「星を見に行こう!」と誘い出し、外へ出ました。小学生が少し空を眺めてカードゲームに戻る中、例の彼を連れて少し上に登ったベンチへ。そこは180°パノラマドームのように山と星が眺められる特等席でした。
横になって見上げた頭上には、広がる無数の星と大きな空の端から端まで伸びる天の川。彼はずっと黙ったまま空を眺めていました。
30分位経ったころでしょうか、突然天の川のど真ん中を、端から端まで走る大きな流れ星に遭遇したのです。何年も山を歩いている私も見たことがないそれは美しい流れ星でした。私が密かに興奮していた時、少し離れたベンチで寝っ転がっていた彼がボソッと。
「うわぁ。すげぇ。奇麗だなぁ。」
これまでこちらから声をかけると反応がある程度でしたが、この時初めて自分から発する言葉を聞きました。
ほどなくして小屋に帰ると、陽気な小学生に絡まれ、カードゲームに引きずり込まれた彼。しばらく見ているとすっごい笑顔で楽しそうに遊んでいるじゃありませんか。「あれ、この人こんなにニコニコ笑うんだ…」そう思った記憶があります。流れ星は、彼の中に詰まっていた思春期特有の「恥ずかしさや、なんかモヤっとする気持ち」を一緒に飛ばしてくれたのかもしれません。
次の日も、小学生や女の子とも冗談を言ったり、一緒にカードゲームしたり、結果的にはとても仲良くなって帰ってきました。
この一瞬、あるいは3日間が彼に何を与えてくれたのか…。それはあくまでの想像の範囲を超えず、実際のところは私にはわかりません。
ただ、写真家で作家の星野道夫さんの言葉には次のような一節があります。
”子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、様々な人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする。”
彼とはそのキャンプ以来一度も会っていないので、その後のことは分かりません。でも、今はおそらく大学卒業くらいの年になる彼の中に、星野さんの言葉と同じような感覚が宿り何かの芽がでているといいなぁと思います。
こういうシーンに出会う度、我々もこの事業を続けていることに誇りと自信を得て前に進みます。どうも励まされているのは子どもだけじゃないようです。笑
自然には人を変える力、情操を育む力があるのでしょうか。
私は、きっとあるのではないかと思っています。しかしそれはすぐに結果がでるのではなく、かなり時間をかけて、蓄積して、ジワリジワリと出てくるものではないかと。こればっかりは「やった人」しか得られない力です。
みなさんは、どうお考えになりますか?
自然は、家の扉の向こうに広がっています。