森のようちえん&森の冒険学校

生きる力、豊かな感性、たくましい身体と心を育む

TEL.042-582-3136

〒191-0062 東京都日野市多摩平4-3

■手漕ぎの船で無人島あそびのおもいで

ヨンタ(中能孝則)

私が生まれたこしき甑島で夏の遊びといえばいつでも海と一緒でした。とにかく磯遊びか海水浴で毎日遊んでいました。
小学校5年生になった年の夏休み、近所のお兄ちゃんたちに誘われて、無人島に磯遊びに行くことになり、お母さんに弁当を作ってもらって出かけました。弁当といってもその中身は塩握りのおにぎり10個くらいと、沢庵とキュウリと味噌を竹で編んだかごに入れてもらい、あとはバケツに水を入れて持っていきました。

船着き場に行くと、4~5人のお兄ちゃんたちが待っていてくれ、手漕ぎの小さな船に一緒に乗り出発です。
最初はお兄ちゃんたちが艪(ろ)を漕いでくれ港を離れ、小さな船からは徐々に岸が遠くなって行きました。そして無人島との中間地点に来たころ、ひとりの兄ちゃんがタコツボを上げてみようかと言い出し。赤い旗のたったブイに近づき、ブイについているつな綱を手繰りはじめました。
やがて、つな綱に逆さまにつながったタコツボが上がってきました。一つ目は外れ、二つ目も外れ、三つ、四つと手繰り寄せてもタコツボの中には何も入っていませんでした。そして十個目くらいを引き上げた時、タコツボの中からタコの足がにょろにょろ出てきました。「やった入っていた」とお兄ちゃんたちの元気な声。のぞいてみると今まで見たことのない大きなタコが出てきました。
さてそれからはタコとの格闘で大騒ぎとなりました。タコは大きな吸盤でお兄ちゃんたちの手や足に吸い付き始め、何とか海の中に逃げようと必死の様子でした。ヨンタはただ見ているだけでしたが、ハラハラドキドキの連続でした。タコとの格闘はしばらく続きましたが、やがて頭をひっくり返されたタコは動かなくなりました。とれたタコはカゴに入れ、タコツボは海の中へ戻されました。お兄ちゃんたちは汗びっしょりでしたが、真っ黒に日焼けした顔は自信満々の笑顔でした。

タコとの戦いが終わり、再び櫓をこぎはめた船は徐々に無人とに近づき始め、港を出発してから2時間後やっと無人島に到着しました。
無人島に着いたら荷物を降ろし、水着に着替えたら、大切な弁当や道具をカラスに取られないように上手に隠して、いざ海の中へ。泳ぎのうまいお兄ちゃんたちは沖の方まで出て行き、潜りはじめました。泳ぎに自信のないヨンタは、浅いところにいる貝をとったり、小さな魚を追いかけまわしていました。
暫くして海から上がってきたお兄ちゃんたちの腰網には、大きな巻貝や突いて仕留めた魚がたくさん入っていました。しばらく休憩した後はお昼の準備に取りかかります。途中で獲ってきた来たタコは、鍋に入れて塩茹でにします。貝はお土産用を除き茹でたり、直接火にかけて焼きました。突いた魚はお刺身にしたり、味噌汁にしたりしました。
出来上がった料理は石のテーブルに並べられましたが、子どもたちにとっては超豪華な昼食となりました。おにぎりと沢庵とキュウリ以外はすべて自分たちで仕留めたもので、満足感と合わせてとても美味しかったことを昨日のように思い出します。

午後からもひと遊びして、そよ風が吹き始めるころには帰り支度をして、にらめっこしていたカラスのエサを少し残して、船に乗り込みます。
ここから港までは約2時間櫓をこぎますが、目いっぱい遊んだ身体は疲れていて櫓をこぐ元気もあまりありません。そこで、お兄ちゃんたちは誰から教わったのか船の真ん中に柱を立ててそこに、棒の上下に結んだゴザをくくり付けます。
そよ風を受けたゴザは船をゆらゆらと揺らしながらゆっくりと港へ運んでくれます。遠く山並みを眺めている人もいれば、居眠りする人もいます。波のゆりかごに揺られた小さな船はやがて港に到着し、後片付けをしてそれぞれの家に帰ります。

今振り返っても、テレビに出てくる無人島探検よりずーと楽しかった記憶がよみがえってきます。チャンスがあったら森のようちえん、冒険学校の仲間ともこのような活動が体験できたらいいなと思います。